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仙台高等裁判所 平成元年(ラ)42号 決定

抗告人 日産サニー福島販売株式会社

代表者代表取締役 金子興宏

代理人弁護士 土屋芳雄

同 今泉圭二

同 大河内重男

主文

一  原決定主文第四項を取り消す。

二  本件中右取消にかかる部分を福島地方裁判所いわき支部に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状及び抗告理由書の各写し記載のとおりである。

二  そこで、本件債権差押命令申立の債務名義である福島地方法務局所属公証人福井俊彦作成昭和六三年第一九七七号債務履行契約公正証書(昭和六三年一一月二八日作成)を検討すると、同公正証書は、抗告人を債権者、猪狩良一を債務者とし、本件債務者猪狩慶子を連帯保証人として作成されたものであり、第一条には、債務額が一一二万円及びこれに対する昭和六三年一一月一日から完済まで年六パーセントの割合による金額であること、その第二条一項には、債務者猪狩良一は、前条の債務の一部金一一二万円を昭和六三年一一月から同六六年一一月まで各末日限り金三万円、同六六年一二月末日限り金一万円に分割して弁済するものとすること、同条二項には、債権者は債務者が期限の利益を喪失することなく右分割弁済金の支払いを完了したときは、残金の支払いを免除することが記載されているほか、第四条として、「乙は左の場合は期限の利益を失い法定充当を行った残債務全部を即時に弁済しなければならない《改行》壱 債務の支払を二回以上遅滞したとき《改行》弐 乙が強制執行、仮差押、仮処分を受けたとき」という条項が記載されていること並びに右公正証書には同公証人によって平成元年三月二日付の相手方猪狩慶子に対する執行文が付与されていることが認められる。

三  上記公正証書第四条記載文言は、債務者が同公正証書第二条記載の分割弁済金の支払いを二回以上遅滞したときは期限の利益を即時に失い、残債務全部を即時に支払う義務が債務者に生ずる趣旨を記載したものであると解釈するのが相当である。

そうすると、債務者及び債務者の連帯保証人である本件債務者猪狩慶子は、上記公正証書第二条記載の分割弁済金の支払いを二回以上遅滞した時点において、期限の利益を失い、債権者は、債務者らに対し、残元金及びこれに対する昭和六三年一一月一日から完済まで年六パーセントの割合による損害金を請求しうることとなると解すべきである。

四  原決定は、上記公正証書第四条記載のような期限の利益喪失約款には、債権者からの催告がなくとも当然期限の利益を失う趣旨のものと、債権者が催告によって期限の利益を喪失させうるものとの二種類があるところ、上記公正証書の上記条文は、上記条文が作成される前には「甲(債権者)からの通知催告等の手続がなくとも当然」との定型文言が印刷されてあったのをわざわざ抹消して作成されたものであるから、上記条文の趣旨が、債権者の請求により期限の利益を喪失するものであることは明らかであるとする。

なるほど、上記公正証書第四条の記載を見ると、原決定指摘のとおりの加除訂正がなされたうえ、前二記載のとおり、上記公正証書第四条が作成されたものであることが認められる。

しかしながら、前記二で認定した本件公正証書の文言に照らすと、第四条がもともと印刷してあった「甲からの通知催告等の手続がなくとも当然」の文言を抹消して作成されたからといって、そのことにより、債務者が遅滞した後でも、債権者は債務者に対し改めて通知催告をすることを要し、その通知催告後始めて、債権者は債務者又はその連帯保証人に対し、残債務全部の弁済を求めることができると解釈するのは相当でない。

五  そうすると、上記公正証書第四条を前四記載のとおり債務者が期限の利益を失った後でも債権者は債務者に通知催告をすることを要する趣旨で作成されたものと解釈し、その解釈によって期限が到来したと認められる金一五万円の債権とその執行準備費の範囲に限り差押さえることとし、債権者のその余の申立を却下した原決定は、債権者のその余の申立を却下した部分について不当であるから、取消を免れない。

ところで、本件のような事案につき抗告裁判所たる裁判所が自ら債権差押命令等を発するときは、これに対する債務者からの再抗告が認められていない関係で債務者の不服申立の機会を不当に奪う結果となるおそれがある。

よって、原決定主文第四項を取り消したうえ、執行裁判所たる原審をしてこの決定の趣旨に従い、更に審理を尽くさせるため本件中右取消にかかる部分を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 糟谷忠男 裁判官 渡邊公雄 後藤一男)

〈以下省略〉

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